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「悲しみ」という負のサプライズ

 先日、13年前にお父さんをクモ膜下出血で亡くされ、その後、お母さんの認知機能の低下が著しくなり、そこから10数年住環境のお手伝いをさせていただいている兄妹が、事務所に来られた。
お兄さんは仕事の関係で遠方におられ、大阪ではお母さんと妹さんの二人暮らし。
そんなこともあって、住環境だけでなく色々なお手伝いをしてきた関係である。

つい一週間前にも、近くによった時に伺った。
「おかげさまで、母もここ最近、本当に落ち着いていて、ほっとしているんですよ。」
別に、私自身、何をしたわけでも無いのだが・・・・

恐縮していると、お母さんが出てこられ
「やっちゃん、お帰り。」
そう、ここの家では、いつからか私は「やっちゃん」と呼ばれている。
最初は、妹さんも「やっちゃん」とは誰のことかわからなかったのだが、お母さんの話をよくよく聞くと
若かりし頃、お母さんはお父さんのことを「やっちゃん」と呼んでいたようだ。
このシチュエーションになれば、約1時間ほど、ただただ頷いてお母さんの話を聞く。
そして、100円をくれる。
「ハイライト、買っておいで。」と
その日もそうであった。
「ありがとう。」といって、家を出る。
妹さんが玄関まで出てきて、
「いつもすいません。でも芳村さんがおいでになった後、母はすこぶる機嫌がいいんですよ。」
そんな会話をかわして次の仕事の現場へと向かった。

そう、それが一週間前だ・・・・・

「二日前に母が亡くなりまして・・・・・。」
ふらっと、出て行った時に交通事故にあわれたらしい・・・・・・

刹那

私の驚きや悲しみも大きかったのだが
お二人の悲しみの表情がとてつもなく、
多分、色々な悲しみが二人の中にあるのであろう

「サプライズ」Surpriseこの言葉をよく耳にする。
日本では誰かを喜ばせるために、驚かせる行為や計画の意味でも使われる事が多い。
しかし、本来は「不意打ち」という意味であり、これは幸せなことばかりでは無い。

特に「悲しみ」という負のサプライズは、まったくもって突然にやってくる場合が多い。
喜びは受け入れやすい
しかし、覚悟の準備期間が無い「悲しみ」や「喪失」それを受容するには、時間がかかる。
後から、後からいろんなことがでてくる・・・・後悔、想い出・・・・


今私が感じ取っている、二人の悲しみはほんの一面であり、その一面だけを見ただけで、
なんの言葉をかけることができるのであろう。

私自身、負のサプライズがあった時
周りがいろんなこ言葉をかけてくれる
大変、ありがたいことなのだが、心のどこかで
「違うんだよな。」と思ってしまう。

その夜のお通夜、そして翌日のお葬式に参列させていただき
「私のできることがあれば、何なりとおしゃってください。」
とお二人にお伝えした。

我師 伊集院さんの
「いつも見守っていますから。」の言葉も添えて。













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