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はっきりといって、大失敗です。 [協働]

いよいよNPO法人ラブとよネットが設立される。
こればっかりは、今までのように私個人が、がむしゃらに引っ張っていくものでは無いのだが、スタート時点では、まだまだやらねばならないことが多い。
しかし、こと「豊中まつり」に関しては、これぞ官民協働であると断言できるほど、それぞれが対等な中で役割を担っていこうとしている。
まあ、互いにまだまだな点は数かるが、ミッションや課題を共有できている実感があるので、それも一づつあせらずにクリアしていければと。

ところが、一方で我々のNPOが取り組んできた「住まい力」向上Pという協働事業。

はっきりといって、大失敗です。
まず各担当が「協働」を理解していない。
だけど、行政全体の方向性が「協働」に向かっているので、断れずに参加しているというのが本音のようである。
はっきりいって「大迷惑」である。

なんせ、スタートラインの「課題」を共有できていないのであるからして、以降、何をやってもダメ。

それを取りまとめている室も前の会議でいきなり
「本協働事業を終了させるということで・・・・・・・」

そらあなた達は、それぞれの課やNPOの話を聞いているからでしょうけど、それも決めるのは会議ですよね、そこからしておかしい。

あげくのはてに、
「もともと、やりたくなかったのに恫喝まがいで参加させられた。」
「自分たちのやってることに役立つのであれば、前向きにとりくめるのですが。」
とか、5年目をむかえてもまだ、こんなことを会議の場で発言する課や室もあり、本末転倒。

当然ながら、きっちりと課題を共有しつつ自らの縦軸ミッションに関連づけて事業を協働していただけている課や室もあります。
それ以外のところが、今の今までただ、内部的に離れられないからなんていう、どうしようもない理由でくっついてもらっては、我々の活動も大マイナスです。

とはいっても、行政がダメだと一方的に言っているのではない。
今のシステムであれば、しょうがないと感じるのである。
もし私が、行政側であれば自信が無い

この「まつり」と「住まい力」を比べた時に
やはり、一番の違いは
行政の縦軸に明記されているかどうかだと
「まつり」の場合は、担当課も決まっており、市民のための市民による市民まつり に近づけていくことで豊中のまちをよりよく活気あふれるものにしていくといった方向性や究極のミッションの共有ができている。
ようするに、まだまだ豊中では行政が気づかないまた担当する課が決めれない(複数のカテゴリーにまたがる)といった公共課題を市民や市民公益活動団体が、逆提案し協働事業として成立させるといった条例に書かれている「協働事業提案制度」は、根付かないというか、まだまだ無理なのである。

もし根付かせるためには
「協働事業に関する評価基準」これを明確にする必要がある。
きっちりとした評価システムを構築することなしでは
それを強引に押し進めると、結局「協働」という横軸でなければならないのに新たな縦軸を作ってしまい、結果的に本来の協働からかけはなれてしまうこととなる。

審議会、がんばれ!!!

だから、現在進行形で課題とされていることを市民や市民公益活動団体と協働(中には、下請け的利用となっている場合もありますが)で進めていくことであれば、なんとか可能であろうと思うので、それをしつつ大きな変革を期待してやまない。

今回の「住まい力」の協働事業の失敗から多くの成果を得ることで、本当の意味での協働先進地域としての我がまち「豊中」の復活を願っている。
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本当に、もうぼちぼち [日常]

いや〜あっという間に、一月も20日。

しかし、福島の新たなる問題・・・・・・

化学反応の大前提である「質量保存の法則」化学変化の前後で全体の質量が変化しないこと、これが原子力いわゆる核分裂・核融合では通じない
私が思うに、ようするに全く別の反応といううか、本来自然界には存在しないものなのではと
結果、セシウム137などという、これまた自然界では存在しないものを生み出してしまう。

これって、人間がただ便利に裕福に生きるために自然界の摂理を変えてしまっていることなのでは無いのかと最近になって、(遅すぎますが・・・)強く思うのです。

何か、こう人間の知恵や技術やナンヤカンやで地球といううか自然界というか
全てを牛耳ることができるてな勘違いとでもいいましょうか。

これって、本当におかしいですよ。

そして、まだ原発の問題を考えるときに



人間の都合で考えられている。
ある意味、そんな人間たちに自然が怒った結果だろうとも思えるにも関わらず・・・・
これだけの多くの苦しみを経験したにも関わらず・・・・・

一度、得た便利さや裕福さをリセットするのは難しいですよ。
私も決して自信がある訳ではないのですが

本当に、もうぼちぼち
気づかないと
人間だけが生きている訳ではない
人間のためだけに自然界がある訳ではない

今の子供たちやまだ見ぬ子供たちに残し、継承していくためにも。
本当に、もうぼちぼち



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遅すぎですが、おめでとうございます。 [日常]

少々遅すぎではありますが、2012年はじめてのブログアップということで
「あけましておめでとうございます。」

今年の正月は、ほぼ寝正月とあいなりました。
1日の夕方から体調がおかしくなり、2日から喉の痛みと熱にうなされ
4日にかかりつけのお医者さんに駆け込んで、点滴を打ち
何とか、5日は持ち直したのだが

6日の仕事始めで、悪化。
さらに、やめとけと言われながらも7日の花園で再悪化。

結局、今も咳が残りつつ・・・・・・

しかも最悪なのが、妻と娘にうつしてしまった・・・・
こればっかりは、超罪悪感を感じ・・・少々、落ち込み気味ではじまった2012年であった。

仕事・NPO・まつり等々の全てが、色々な意味で変革・勝負の年である本年
ツキの悪さは年始に全て出し尽くし、(ツキでなく、自業自得と言われておりますが(笑))
いきなりのトップギアで走り抜ける所存である。

1.福祉住環境コーディネーターのマーケット創造
国交省の事業が存在する間にネットワーク会議た協会とのタッグで本事業を全国に広め、福祉住環境コーディネーターのニーズの獲得とスキルの発信を進めていくことで、マーケットを創造していく。

2.まちづくりの基盤となるNPOの創造
豊中まつりに関わったメンバーが中心でこの3月に立ち上がるNPO法人を人・文化・経済が交流するハブ的まちづくりの基盤となれるような法人へと自立させる。

この二つが大きな目標でもあり、今年、最大のチャンスでもある。
当然ながら、家内安全・商売繁盛はベースにありきは当たり前のこととしてである。

10年前に立ち返り

全国どこへでも飛んで出かけていったフットワークを思い出し
それぞれの節点をつなぐための血液となり
色々な情報等を運んでいきたいと考えています。

このブログを読んでいていただいている皆様。

どうか、この芳村を今年に限り
便利にお使い下さい。

美味いものと、美味い酒
そして、皆さんの情熱があれば
どこまででもお伺い致します。

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「継承」の為に。 [日常]

福祉住環境ネットワーク会議の全国大会が終了した。
今年は、広島市で開催され地元の団体と島根の団体が主幹団体として全国のメンバーをもてなした。

今回で11回目を迎えるこの大会。

この大会が終われば、なんとなく今年も終わりだなと感じるようになってきた。
それにしても、11回もつづくとは思っても見なかった。
これまでずっと、この会議の事務局長を務めてこさせていただき、全国の様々な場所へ伺った。
所属されている団体がある地域以外にも何かと及びいただいたりもした。

結局、この11年間で全国の都道府県で何らかの事業に関わったことになる。(他の事業も含めて。)

そして来年、12年目。
私自身が、この会議の議長をさせていただく。

自分が今まで関わってきたことに対して、一つひとつ「けじめ」を付けていきたいと考えている。

その一つとしての議長である。


目指すところは、「継承」
これは、わたし自身がもっとも苦手とする部分である。

組織として「継承」できてこそ、リーダーのキャパシティーを超えた広がりを見せていくと考えている。
これが出来なければ、所詮、言い出しっぺの枠の中だけのものとなってしまう。
ならば、エントロフィーの法則からしても、衰退することになる。
まあ、私がリーダーであったのかどうかは定かではないが、言い出しっぺであることは、間違いない。

それには来年で土壌を作り、再来年に背中を押す。


20才の時、「もう大人やから。」
     「まだまだ、学生やから。」
「どっちやねん!!!!」と思い悩んだ事があった。

50才を超えて、「もう、50超えたから。」
       「まだまだ、若い。」
と言われ、同じような気持ちもある。

20才の頃は、自分の中でも都合よくその双方を利用してきたこともあった。
その頃と同じように
       ・
       ・
       ・
       ・
       ・
うまく使い分けつつ、「継承」への道を創っていこうと考えている。

それには、まず。
「きっかけ」と「出会い」

来年は、超能動的に日本中を駆けめぐりたい。
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理由はともかく動くこと。 [日常]

昨日、「就活生のための交流サロン」という学生と公民館が中心となって企画・運営しているイベントに最終的なまとめをする役割で参加した。
約20名ほどの参加者であったが、社会人として様々な経験談やアドバイスをするということで、事業者・公務員・国際交流センターで働く在日外国人の方々のスピーチがあった。
その後、アロマキャンドルを皆でつくり、和んできてからワークショップといった流れで行われた。

最初は緊張きみであった学生の皆さんも最後は和気藹々と色んな情報交換ができたようである。

それにしても、参加者のほとんどが我が息子と同年代。
息子は、ラグビーというスポーツに3才から出会い、それと真摯に向かい合いながら21年の人生を歩んできている。その経験を今後の仕事でも生かしていってくれることだろうと思っている。
一方、昨日参加した皆さんは、スポーツではなく、様々な分野で自分なりの考えを持っている。

「数学が大好きだから、数学と一生向かい合える職につきたい。」
「航空力学を学んでいるので、創造性あふれる飛行機をつくりたい。」
「法律の専門家となりたい。」
「教師になって・・・・・・・。」

自分の21才のころを思い出すと。。。。。。。。


正直、そんな真剣に考えていなかった。
「どうせ、独立して何かするんやから。」
と考えて、結果的にはクラブの先輩の誘いで企業に入った。

それでもって、偶然にそこで今やっている仕事のきっかけに出会い
2年弱で会社を辞めて、建築士の道を選択することになった。


そうやて考えてみると。
まこと、人生というのは不可思議なもので
これらが全て偶然のなすわざなのかと考えると、

自分の意志何て・・・・・・

と思ってします。

しかし、私は偶然なんてものはあり得ないと、強く思っている。
全てが必然であり、自らが存在することの意義といううか、自分が目指すべき「使命」がそこにあり、それと出会うまでの道のりが、偶然をよそおってそこに存在するのだと考えている。

だから、私は今の仕事とであった。
そして、多くの人達との繋がりも出来た。

そうやって、考えてみると。
最初は何だっていいのでは無かろうかと思う。
ようは、きっかけだから。

友達のオーディションについていったら・・・・・・
興味なかったんだけど、聞いてみると思いの外・・・・・・
友達のつき合いではじめたのに、今では・・・・・・・

色々なことがあると思う。

というとは、じっとしていたら何にも始まらない
何も始まらなければ、失敗もない変わりに成功も無く、自分の「使命」と出会うチャンスも減る。


ということで、


「とりあえず、アクション。」

これにつきます。
一発で自分の「使命」を感ずる仕事と出会えるとは限らないのだから、萎縮することなく
理由はともかく動くこと。
これ以上のアドバイスはないですよ。


と伝えてきた。


ただし、真剣に考えている学生だからこそ言えることですが・・・・・・・・_
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個性とは、個人に帰属すべきもの [日常]

私は、箸の持ち方が変な人をどうも信用出来ない。
私は、ぺちゃぺちゃと音をたててものを食べる人を信用出来ない。

これらの事は、小さなころに親から教えられて、なんの考えもなく自然と身についている人も多いかとおもうのだが、途中でふと気づいて、一生懸命練習した人も結構な数、いるように思う。
が、よく、親の責任であると言われる。

「まあ、人それぞれ個性ですは。」

と片づけてしまう人もいるだろうし、まったく気にしない人もいるのだろうけど
私は、これは個性では無いと考えている。

個性とは、人を個人たらしめる特徴であるからして、その個性は、そこからのプラスもマイナスもその人個人に帰属すべきものでなければならない。

しかし、この箸の持ち方は口には出さずとも何人かの人には、
「親は何を教えてたんだろう。」
なんてことを、勝手に思わしてしまうのである。

また、箸の持ち方が変なやつに限って、フランス料理のフォークやナイフの使い方にうるさかったりする。

どうでもいいのだが、(本当に、そう思うやつほっとけばよいのだが。)
しかし、確実にそう思う人間がいるとなれば、
そのマイナス評価は自分に帰属しない。



であれば、なおそうとするのが当たり前というのが、自分の考え方である。

汚れたり、皺だらけの服を着ると、妻が怒る。
これも、同じ事であるように思う。


だから、自分の責任を取れない範疇で自分以外の人の評価を下がることをやり続けていることに対して、私的(あくまでも、私的ですが。)に人としての尊敬に値しない。
ということは、信頼関係は生まれないわけである。

まあ、価値観の違いですが
今さら、価値観の違う人間を信頼するつもりもありませんが・・・・・・・・。



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恩師の残してくれたものから考える。 [福祉住環境]

私が心から尊敬してやまない恩師が亡くなられた。
76才・・・・・・・・・若すぎるやろ!!!!

本当に、いろいろ教わってきた。
この方の生き様には「男の美学」があり、少しでも近づきたいと考えていた。
私とは、まったく違う世界で生きてこられたが、半端なく尊敬していた。。。。

すごく影響を受けた教え。

我が恩師曰く
「人間はな、あれこれでけへんのや。」
「若い頃は、いろいろな可能性を試すのは多いにOKや。
でもな、ええ年なったらな己の色、ちゃんと決めへんと、ええ色でえへんで。そうなったらな、他の色を潰してしまうんや。」
「色きめたらな、それが自分の生き様やと、めい一杯主張することが結局、回りも引き立たせることにつながるんや。」

「でもな、何でもかんでも、入ろうとしたらあかんで。その絵にはな必要の無い色も当然にあるときもあんねんから、そんな時は無色透明になりや。そこの見極めが出来てこそ、はじめてのプロよ。」とも

そんな恩師が亡くなられ
今一度、自分自身に問いかける

自分の色ははっきりとしているだろうか、何色なのだ? 必要の無いステージでも、自分の色を主張しすぎてはいないだろうか?

結果・・・・・・

私は、やはり私でしかない。
両親の子であり、子供達の親であり、女房の夫であること、当然ながらそれらを全うしつつ
社会の中での戻るところは、福祉住環境のステージの中で建築士としての輝く色でありたいと思う。

先生は、最後もやはり、わたし自身に「気付き」を当てて頂けた。

「感謝」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そして、自分の理想とする「まち」を創り上げようと、もっと広く社会に目を向けたとき
社会の中の絵画にも、「画家」は存在してはいけないとも思う。
その一つ、ひとつの色が自主性をもって全体を見極めていくことが大事であり、その全体像を皆で創り上げていくことこそが必要ある。
であってはじめて、和亜つぃが理想とする「福祉住環境」の創造が可能になる。

そして、その中からリーダーが生まれる。

まさに、「ガバメント」ではなく「ガバナンス」である。
「リーダー」が「画家」と勘違いしたときに「独裁」は始まる。

そして、自分色のはっきりしない人間には「リーダーシップ」は取れない
「リーダーシップ」の無いところに、調整力やコーディネート力は存在しない。

またまた、改めて考えさせられる。

自分は、「画家」ではなく「リーダー」として動けているかと。
福祉住環境ステージの建築士として、

「人間はな、あれこれでけへんのや。」


だから。


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第三回被災地住環境改善事業 [福祉住環境]

11月12日から14日までの間、被災地住環境改善事業に宮城県仙台市、岩沼市に行って来た。
今年、4月27日〜29日に事前ニーズ調査に伺い、6月02日に第一陣として大阪から車で作業のために宮城県入りをした。
間に福島県を一回はさんでの、今回は宮城県としても三回目の支援活動であったが、まずもって仙台空港・仙台市内の、復興のスピードにおどろかされた。
過去、二回とはうって変わって逆に震災の爪痕を探すことが困難な位でもあった。

しかし、仙台市内から離れれば離れるほど、海岸線に近づけば近づくほど。。。。。。。。
確かに、瓦礫等の処理は進んではいるのだが「まち」への復興への歩みはまだ、見て取れなかった。

初日、まずは震災で被害があり、まだ修復できていない一般住宅の修理に回り、昼からは仮設住宅でグループホームを仮再開されているところへ訪問し、ニーズの調査を行った。
仙台市の長町というところに、仮設住宅と言うか、仮設グループホームが2ユニット分で約18名の方が利用されている。
かなりの設備が仮設とはいえ常備されており、震災前に利用していた環境とは、大きな差は無いようであった。
しかし、仮設へ移ってきた直後は、新しい環境に利用者の皆さんが、なかなか慣れずに問題が多かったそうである。
しかし、あくまでも仮設であるために、早くて2年では、また移動せざるを得ない状況であり、今後の問題も多くあるようであった。
ニーズとしては、やはり冬を前にしての寒さ対策、窓の結露問題等々であり、次の日に結露防止のシートやスプレーで作業をさせていただくむねをお話して後にした。

夜は、復興支援ということで仙台市内に宿泊し仙台のまちにでたが、本当に多くの人がまちに溢れ、
地元の人、支援に来ている人等々で賑やかであった。
しかし、その賑やかさを見るにつけて、午前中に訪れた仙台市内以外の地域の実情とは、かなり違うなという感があり、この地域ギャップをどう埋めるかも課題の一つであるように感じ取れた。

二日目は、閖上地区を訪問し現状を視察し、午後からは昨日訪れたグループホームでの作業、また引き続き一般住宅の修理というように作業中心の一日であった。

三日目、仙台市より北上し多賀城市・塩竃市・松島と視察にまわった。
それぞれが、ところどころに爪痕を残してはいるが、力強い復興への意気込みを感じた。
しかし、一方で仮設住宅に目をむけると、冬への対策が宮城県は成されていない所が多く残り、急激な冷え込みが今後予想される中で早急な対策が必要であると強く感じる。

まちの中では、すでにあらゆる店は営業しているので、ほとんどのものは手に入るのだが
聞けば、自分で暖をとるために購入したものは補助対象からはずれるという。
震災で経済的にもしんどい状態では、待たざるを得ない。

我々の動きは、本当に超微力ではあるが
そういった人達に直接、一人でもいいから一カ所でもいいから防露シートを貼る、断熱スプレーを塗る、手すりをつける、ほっかいろを手渡す、湯たんぽを手渡す等々。
そして、いろいろな所で経済復興に協力をする。

そんな非効率なといった声もあるかもしれないが

私は、必要性を感じてやまない。
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やっぱり「怖い」のです。 [日常]

「未破裂脳動脈瘤」

10年前からあるのは、わかっていたのだが。。。。。。。。

今回の一連の検査で、大きくなっていることが解った。
通常は3mm以上になると危険なのだが、私の場合、出来ているところの元々の血管が細い所であるが故に2.3mmなのだが、危険であるということである。

クリッピング手術を進められている。



いや〜、これに関しては。。。。。。
仕事柄、色々な人からの話を聞く訳で。。。。。。。。。。。。

後遺症で苦しんでいる方も知っている訳で。。。。。。。。。。。。

要するに、開頭手術であるから、万が一の後遺症が半端無い。

まあ、痛いとか苦しいとかの症状が無いだけに、はっきりいって「怖い」
かといって、ほっとくと数パーセントとはいえ、クモ膜下出血の可能性が有り、当然ながら致死率は高い。また、薬とかで治療も出来ず、毎年、確実に大きくなっていくらしい。

ということは、いずれはやらにゃならない。


あ〜あ、憂鬱である。

しかし、取りあえずは血圧の管理はおこたらないようにしよう。
そして、22日に結論をだすのだが・・・・・・・・・・・・・


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「立ち飲み屋」がGood! [日常]

私は、今さら言うまでもないのだが「お酒」が大好きである。
「酔う」という状態が非現実的であり、とても心地よいということもあるのだが、

学生時代は、ただやみくもに「酒が強い」自分を演出すべく、味もわからないままに、ただ「一気」などという行為に走っていたように想う。
そして、勢いにまかせて暴走し・・・・・・

色々な人にご迷惑をおかけしました。
今も変わりないよと言う、声もきこえますが(笑)
まあ事実、ほんの前までは、それに近い呑み方をしていたように思う。


しかし、50才を過ぎると
いやいや、ここ数ヶ月のことですが
飲み過ぎどころか、少し深酒をすると、次の日の夜になっても抜けない状態が続く。
ましてや、締めのラーメン・カレー・肉なんてのは、食欲さえおこらない。
せいぜい、蕎麦 程度かと・・・・・・・

身体は正直である。


しかし、酒好きは変わらないというか、変えようが無い。

であれば、「お酒」の楽しみ方を少し変えていこうと思う。

以前は、「お酒」に関してのうんちくを聞かせる店は苦手であった。
落ち着いた雰囲気で、杯を傾けるといった呑み方もあまりしなかった。

ようするに、誰かとしゃべり、ワイワイと騒ぎ楽しむといった呑み方がほとんどであった。
だから、一人で呑むことは、行きつけのお店やカウンター越しにお店の人と、おもしろおかしい会話出来るところしかいかなかったのである。

ところが、「お酒」は「騒ぎ」を演出するだけのものではなく、「酔う」ということは、その一瞬の時間や空間を演出したり、創造力を高めてくれることを、この年になってはじめて、知った。

そう、「一人酒」

これが、実に「Good!」
しかも、スタンディングバー!!!!

忙しい毎日の合間、ちょっとスタンディングバーへ。
と書くと、おしゃれなバーを想像されますが、実は、そこに は「立ち飲み屋」という空間である。
これが、実に・実に・実に「Good!」

のれんをくぐって、最初の合い言葉は
「取りあえず、生中」
そして、一人で、壁を見て呑む。

回りもほとんどが、一人である。

新聞を読んだり、本を読んだり。
ただ、一点の壁を見つめたり。
独り言をつぶやいていたり。

創造力をかきたてるワンダーランドである。

私も、プランニングに行き詰まったりすると、ぶらっと、立ち飲みしながら・・・・てなことも、最近ちょくちょくある。

そして、時間は早め。(これが、自分的には、鉄則である。)

まさしく、オンリーワンの世界観にその時間、空間が創り上げられる訳である。


まあ、一番の理由は、一人で外呑みは「呑みすぎない」
ということなのかも知れませんが。(笑)

いや〜、まだまだ「酒好き」は、「宵(よい)」のころです。


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